「パイロットの聖地」下地島空港にANA訓練復活 現役機長が理由を解説

0

現役機長のキャプテン ジョーが、ANAが11月にパイロット訓練を再開する下地島空港を解説。3000m滑走路の誕生から屋良覚書、訓練撤退、リゾート空港への転身までをたどった。

「パイロットの聖地」下地島空港にANA訓練復活 現役機長が理由を解説

現役機長のキャプテン ジョーが9月30日公開のYouTube動画で、かつて「パイロットの聖地」と呼ばれた沖縄県宮古島市の下地島空港を取り上げた。全日本空輸(ANA)が11月から同空港でパイロット訓練を再開する理由を、機長の目線で明かした。

「実機訓練をする場所が足らなくなってきている」

ジョーは理由を二つ挙げた。世界的に航空需要が回復してパイロットの採用が増えていること、そして「日本の空域が混雑しすぎていて安全に実機訓練をする場所が足らなくなってきているんです」ということだ。

シミュレーター技術の進化に触れたうえで、「実際の空で巨大な航空機を滑走路に下ろす経験に変わるものはありませんからね」と、実機で訓練する意味を強調した。

宮古毎日新聞によると、ANAが同空港で操縦訓練をするのは13年ぶり。地元紙の報道では、今年度は11月から来年3月までにタッチアンドゴー訓練を計4回予定している。

羽田級の3000m滑走路と「屋良覚書」

ジョーによると、下地島空港は地方空港でありながら、羽田や成田と同じ3000メートルの滑走路と計器着陸装置(ILS)を備える。1960年代後半から70年代にかけてジャンボジェット機による大量輸送の時代が始まり、パイロットが大きく不足した。

羽田などの主要空港は過密で、訓練に使う余裕がなかった。市街地に近い宮古空港は、滑走路を2000メートル以上に延ばせなかった。そこで国が目をつけたのが、当時まだ米国の施政権下にあった下地島だった。

ただ、滑走路が将来軍事基地に使われることを恐れた住民と激しく対立した。1971年8月、琉球政府と日本政府は「屋良覚書」を交わし、民間航空以外の目的には使わせないと約束した。空港は1979年7月、日本で唯一の民間航空機専用の訓練飛行場として開港した。

シミュレーターに役目を奪われた「幻の巨大空港」

その後、日本航空が2012年に、ANAが2014年に実機訓練から撤退した。理由についてジョーは「テクノロジーが進化したことで膨大な燃料費をかけてわざわざ空に飛行機を飛ばす必要がなくなったんです」と説明した。

ジョーは、自衛隊などの防衛拠点として活用する道もあったかもしれないとしつつ、覚書の「民間航空以外の目的には使わせない」という約束があるため転用はできず、空港は身動きが取れなくなったと解説した。ジョーによると、訓練撤退後の下地島空港には定期便もなく、旅客ターミナルすらなかったという。当時の同空港を「幻の巨大空港」と表現した。

空港が変わったのは、2015年に伊良部大橋が開通して宮古島と橋で結ばれてからだ。2019年3月には旅客ターミナルが開業。現在はスカイマークなどが国内線を運航し、韓国のジンエアーや台湾のスターラックス航空が国際線の直行便を飛ばしている。

リゾート空港として生まれ変わった滑走路に、再び訓練機が戻る。ジョーは「今後はパイロットの聖地復活とね、なるかもしれません」と語った。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です